もの書きを目指す人びとへ
――わが体験的マスコミ論――
岩垂 弘(ジャーナリスト)
第1部 心構え、あるいは心得
暇があると、盛岡城跡へ行った。盛岡市街の中心にあり、岩手公園
になっていた。サクラの名所でもあった(1958年5月)
最初の赴任地の朝日新聞盛岡支局に勤務したのは二年四カ月だったが、この間、徹底的にたた
き込まれたことといえば、「足で書け」ということだった。
もちろん、足の親指と人差し指で筆をくわえて紙に向かえ、ということではない。一言でいえ
ば、電話による取材に頼るな、それよりも可能な限り現場を踏み、人に会って直接話を聞き、そ
れに基づいて原稿を書け、ということだ。
現に、支局勤務中、私は支局長や先輩記者にこうハッパをかけられたものだ。
「電話で取材するより、まず現場に飛べ」
「人の話を聞くんだったら、電話で聞くよりも、その人に直接会って話を聞け」
なぜ電話による取材は避けた方がいいのか。
先輩記者たちはその理由をくどくどと説明してはくれなかった。が、仕事を続けてゆくうちに
私なりに到達した理由づけは、次のようなものだった。
まず、電話による取材だと間違いが生じやすいということだ。もちろん、電話取材であって
も、取材する側としては納得のゆくまで相手の話を聞き、事実を知るための最大限の努力をす
る。しかし、なにせ相手の顔が見えない。どうしても詰めの甘さが残る。そこから、思い違いが
生じる。一番間違いやすいのが人名だ。
その点、取材相手と直に向き合って取材する場合は、相手の話したことに分からないところや
疑問点があれば、すぐさま相手にそれをぶつけて解明し、正確を期すことができる。とにかく、
取材相手に会えることができれば、時間の許す限り自分が納得するまで取材することができるわ
けで、直接取材によって得られる情報の量と質は、電話取材によって得られるそれを上回る。
それに、取材相手に直に会って取材することの利点はまだある。“副産物”が期待できるとい
う点だ。
通例、取材相手に会って特定のテーマでインタビューした後は、雑談となる。天候の話から、
家族、趣味、出身校、土地の名産品にまつわる話など、雑談の話題はその時々で違うのはもちろ
んだ。すると、インタビュー中緊張していた相手も緊張がゆるんで、口も軽くなる。そんな時、
相手の口からポロッと、インタビューのテーマとは別の話が飛び出すことがある。これが、なん
とも面白いニュースだったり、目新しい話題だったりする。いわば、思わぬ“副産物”が転がり
込むことがあるのだ。
私も、支局在任中、あることの取材である人を訪ね、こちらが予定していた取材を終えた後の
雑談中、その人の話から、まだあまり知られていない事実をキャッチし、それを記事にしたこと
もある。町ダネ(町の庶民が主役の話題)に出合ったこともあった。
こんな時は途端にうれしくなり、人に会うことの楽しさを実感したものだ。そして、人に会う
ことが、いわば特権的に許容されている新聞記者という仕事がますます好きになっていった。先
輩記者が教えてくれた「足で書け」とはこういうことだったのか、と納得したものである。
もっとも、電話取材を全くするな、ということでは決してない。原稿の締め切り時間直前に情
報を収集したり、事実を確かめなくてはならない時は、やはり電話を駆使してそうした作業をス
ピーディーに遂行しなくてはならない。そんな時、現場に飛べば、かえって原稿が締め切りに間
に合わず、ニュースが新聞に載らなくなってしまう。
だから、先輩記者はこう言ったものだ。「そんな時は、まず電話で事実を取材し、不十分であ
ってもそれを原稿にして出せ。つまり、第一報だ。その後、すみやかに現場に飛んで、可能な限
り取材し、第一報よりも充実した原稿を出せ」
それにしても、新聞記者を取り巻く環境はすっかり変わった。情報化時代といわれるようにな
り、記者は情報の海の中で日々情報という波濤にほんろうされている。とくに記者クラブ詰めの
記者は当局側から発表される洪水のような情報の処理に追われている。とても、クラブを出て、
街の中を歩き、その中からニュースをくみとるといった余裕はない。ある現役記者は「足で書こ
うと思ってクラブを空けようものなら、発表ものをフォローできなくなり、特落ちをしてしまい
ますよ」と話す。
もちろん、電話への依存度は以前よりも増している。ハイテク時代とあって、取材用の機器も
便利になる一方だ。
このためだろう、昨今の新聞では、いかにも記者が巷をしこしこと歩き回って拾ってきたとい
った感じの町ダネにはほとんどお目にかかれない。
でも、私はいまなお信じている。「ジャーナリズムの基本はやはり『足で書く』ではないか」
と。
|
|
|
|