ボーボーの森のおはなし



 牧草畑の散歩をしている時に、わたしはよく、一羽の大がらすに会いました。からすって、ど
のからすもまっ黒で、みわけがつかないのですが、わたしにはその大がらすだけちがって見え
ました。体格がりっぱで、いつも一羽だけ離れて、つくづく考えごとをするように畑の中に立って
います。それでいて危険なことが起りそうになると、まっ先に飛び立って、「あえろ!」と叫ぶの
です。大がらすは「かきくけこ」がうまく言えないようでした。そして、けっしてふくろうボーボさん
の住む「ボーボの森」に近づこうとしませんでした。
 ところでこのあいだ、わたしは暗くなった森の中を、全速力の自転車で走っていて、ライトに
ぶつかってきたボーボさんと、しょうとつ事故を起こしてしまいました。わたしはなんでもなかっ
たのですが、ボーボさんは羽根にけがをして飛べなくなってしまいました。そこで、うちに来ても
らって、看病させてもらったのですが、ボーボさんときたら、なかなか気むずかしいふくろうでし
た。話しかけても、大きな目玉できろりきろっとにらんで返事もしてくれないのです。しかたがな
いので、返事をあてにしないであれこれ話すうち、かきくけこの言えない大がらすの話になりま
すと、ボーボさんはおかしそうにふふっと笑いました。なんとまあねえ。わたしはふくろうの笑う
のをはじめて見ましたよ。ボーボさんは、ふふっと笑って、くくっと笑って、ついにはげらげら大
笑いして得意まんめんに言いました。
「あれはな、わしのことが恐いのさ。わしの若いころにさんざんわるさをしかけおったので、ぐう
のねも出ないほどやっつけてやったからな。はじめてあれがわしのところに来た時な、いやあ、
あれは愉快だった」
ボーボさんは、それまでの無口はどこへやら、羽根をばたばた身ぶりをまじえて、大ばなしを始
めました。けがが悪くなりはしないかと心配になるほどでしたが、とにかくまあ、こういうわけ
で、たまたま、大がらすとボーボさんのおはなしを知りましたから、そっくりそのままお聞かせし
たいと思います。

 ボーボさんは生まれつきのお日さまぎらいで、昼間は出かけないことにしていました。夜も、
かんたんな食事に出るだけで、おなかさえ一ぱいなら寝ていたいというたちでした。うちの手入
れなどしませんから、屋根には穴があく、草が生える、ヘビが来る、ネズミが走る。でもボーボ
さんはちっとも気にしませんでした。
 ある日ボーボさんが昼寝をしていると、表が騒がしくなって、
「いない、いない、ぜったい、いないよ。こんなぼろ家にだれも住むわけないだろ?」
という子どもらしい声が、頭の上から聞こえてきました。うっすら目をあけてみると、破れた屋根
のすきまに黒い影が動いています。ぼろ家だなんて言われて腹は立ちましたけれど、ものを言
うのはめんどうなりときめこんだボーボさんは、寝たふりをしていました。するとべつの声が、
「じゃお兄ちゃん、ここに決めるの? 汚なそうだから、おそうじしないと使えないみたいよ」
と言っています。子どもたちはこそこそ相談していましたが、やがてボーボさんの寝ている部屋
に二羽のこがらすが現われて、散らかっているものを片づけはじめました。
「ほんとに汚ないわ。あらいやだ、ネズミの骨がある。お兄ちゃん、気持悪いよ」
「平気平気、あとで日にかわかして、水にさらせばなにかに使えるよ」
「部屋の隅にかたまっている羽根はどうする? 汚ないから捨ててもいい?」
「だめ、残しておいて。ぜったいあとで役にたつからさ」
きょうだいのこがらすはたちまち大掃除を終わって、部屋の隅にころがっている羽根のかたまり
――つまり、ボーボさんを残して外へ出ていきました。ボーボさんはきれいになった家の中で
にんまり笑いました。寝ているあいだに三年分くらいの掃除が終わったんですもの。あと三年
でも寝てくらせると思ったのです。けれどこがらすたちはすぐにもどってきて、ゆかになにかを置
きました。「ころん、リリ」といい音がしました。片目をあけたボーボさんに大きな鈴が見えまし
た。
「これがぼくらの一番の宝ものだねえ」
 二羽のこがらすは、うっとり鈴を見つめていましたが、しばらくすると出て行って、さびたおさ
じと、こわれた人形の目を持って帰ってきました。それからまた出ていって、光ったびんのふた
と、欠けた牛の鼻輪を持って帰ってきました。こがらすが出たり入ったりするたびに、手袋の片
方とか、ちぎれそうな輪ごむ、などというものが次々に運びこまれて、とうとう部屋中、一ぱいに
なってしまいました。なにかひとつ運ぶたびに、
「これが一番の宝ものだねえ」
というこがらすの声が聞こえました。そのたびにボーボさんは、「どれどれ?」と見たくなるのを
がまんして、すっかり羽根のかたまりのふりをしていました。やがてこがらすたちは、ふたりが
かりで大きな石を運んできて、「さあ、おしまい。夜になるまであそんでこよう」
と、出ていきました。ボーボさんは起きだして、うきうき部屋の中をながめました。そこいらじゅ
う、きらきらするもの、ぴかぴかするもの、ごろごろするものでいっぱいでした。でも、こがらすた
ちの宝ものは、ボーボさんの目に、ただのがらくたとしか見えませんでした。
(しまったことをした。寝たふりなんかしないで追いだせばよかった)
 後悔しましたけれど、あとの祭りです。しかたがありませんから、がらくたのことは気にしない
で、寝てしまうことにしました。
 ところが、ボーボさんが目をつむるかつむらないうちに、しゅるしゅるしゅうっと音がして、屋根
の破れめから何十匹ものへびが、がらくたの山の上に落ちてきました。ボーボさんはびっくりし
て――そりゃあそうです、一匹や二匹ならごはんがわりに食べてしまうこともできますけれど、
何十匹では歯がたちません。――表に逃げだしてしまいました。へびたちはがらくたの山をは
いまわり、そのうちけんかをはじめました。
「宝ものなんてないじゃないか! ほんとにここだって言ってたのか?」
「だって、『かしの木の穴にかくしたから、もう安心』って聞こえたぞ。『ぼくたちの一番の宝もの
だねえ』って言ってたんだから」
「そんなこと言ったって、ないものはないじゃないか!」
「そんなこと言ったってって言ったって、みきのこぶこぶふたつのかしの木だって言ってたんだ
から、まちがいないってば!」
 とうとうへびたちは、
「へんだなあ、宝ものなんてどこにもないじゃないか」
と、ぶつぶつ言いなから出てゆきました。ボーボさんはほっとして部屋にかえりました。ところ
がすぐにまた、みしりっ、めりっ,といやな音がして、屋根の穴から大きいのやら小さいのやら
がまがえるがふってきました。ボーボさんはまた表に逃げだしました。がまがえるたちは、がら
くたの山をのぼったりおりたりしていましたが、そのうちけんかをはじめて、
「宝ものなんてないじゃないか!」
と、出ていきました。ボーボさんは、入れちがいに部屋にもどって隅のほうにごろんと横になり
ました。とたんに、
「ぐぁら、がらがら、どっかん」
と、がらくたのくずれる音がして、屋根の穴から、大きな石がいくつもふってきました。ボーボさ
んは、あやうく頭を割られるところを、とびのいて逃げだしました。
「ぐぁら、ぐぁら、どっかん、ぐぁら……」
 しばらくして、静かになった部屋をのぞいたボーボさんは、もうほんとうに、口もきけないほど
おどろいて腹を立てました。石かと思ったのは、大きなかめでした。かめが! どうやって、ボ
ーボさんの屋根にのぼったというのでしょう。かめたちは、のそのそ、のそのそ、がらくたの山
をのぼりおりして、やっぱりみんなで大げんかをして、
「へんだなあ」
と、首をふりふり出ていきました。かめが行ってしまうと、とかげが、とかげが行ってしまうとみ
みずが、ぞろぞろぞろぞろやってきて、だれもかれも、ボーボさんの部屋をはいまわったあげ
く、
「へんだなあ。宝ものなんてどこにもないじゃないか」
と、文句を言って出てゆくのです。
 へびやとかげやかめのなまぐさいにおいで一ぱいのところへ、こがらすたちの宝ものがごた
ごたちらかって、さすがのボーボさんも、しかめ顔をしないでは、ねていられなくなりました。
(この汚ない家を出てゆくか、それとも……)
 ボーボさんはむっつりむずかしい顔をして、とっくり考えてみました。でも、新しい家をさがす
なんて、めんどうでいやでした。かといって、がらくたの山を片づけて帰除するなんてもっといや
でした。
(けっきょく‥…)
と、ボーボさんは考えました
(わしがひどいめにあってるのは、あのちびがらすたちのせいだ。となれば、ちびがらすたちに
しまつをつけさせにゃならん。それが道理というものだろうて)
 ボーボさんは、こがらすたちの帰りを待つことにしました。 その夕方、二羽のこがらすは、の
んびりしたようすで帰ってきました。
「お兄ちゃん、きょうは一日、いい日だったねえ」
「ああ、宝ものをかくす場所は見つかったし、これからは心配しないで遊べるな」
 こがらすたちは部屋に入りました。宝ものはちゃんとありました。でも一番上に、羽根のかた
まりがのっていました。
 「あらっ? お兄ちゃん、出かける時、羽根のかたまりをあんな所に置いた?」
「いいや、へんだなあ」
 こがらすたちは宝ものに近づきました。とたんに、ふうわと羽根が舞い上がり、こがらすたち
の頭の上に、ばさりと落ちてきました。
「わっはっはっは」
 おそろしい笑い声がひびきわたりました。
「なにが宝のかくし場所だ。ここをどなたさまの家だと思っとる! ふくろうボーボさまのおやし
きだぞ」
 こがらすはふるえあがりました。ボーボさんは、ふたりをひもでつないで逃げられないようにし
ました。それから三日三晩、
「それはたらけ、やれはたらけ」
と、こきつかいました。がらくたの山をすっかり外へ放り出させ、ゆかのふき掃除から、破れた
屋根のつくろいまでさせました。おしまいに、ちょっと考えて、こがらすたちの一番の宝ものの
鈴を拾ってこさせました。
「わしがここに住んでいる目印にな。これからは、だれでもわしをたずねるものには、玄関につ
けた鈴を鳴らしてもらおう」

「と、いうわけで……」
とボーボさんは笑いつづけました。
「あいつが、かきくけこをちゃんと言えないのは、震え上がった時に、舌がよれよれになったせ
いなのさ」
「妹のからすはどうしたの?」
 わたしは心配になって聞きました。
「ああ、よれよれ舌は、おんなじさ。だが、大きくなって、遠くの森へ、およめに行ったようだな」
 それにしても、とわたしは思いました。ボーボさんもちょっとひどいんじゃないかしら。だれに
も見せたくない宝ものをかくすとしたら、わたしだって、まちがってボーボさんの家に行ってしま
いそうですもの。外から見るボーボさんの家って、こがらすのあの鈴がなければ、まったく、た
だのかしの木の穴にしか見えないんですから。
(おわり)



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