ジュッケの森のおはなし




 すこし暑くて、すてきにお天気の良い日でした。ジュッケさんは目をさますとすぐに、きょうは
子どもたちを遠足につれていこうと言いました。春に生まれた子どもたちは、食いしん坊の姉む
すめから、おやせでおちびの末っ子ヤックまで、元気に育っていましたけれど、森の中のことは
なにも知りません。そこで遠足に出発する前に、父さんと母さんは子どもたちに、たくさんの注
意をきかせなければなりませんでした。森の中は一列に並んで歩くこと。恐いものに急に出会
うといけないので、大きな声で歌を歌って歩かないこと。いばらのトゲトゲの下を走る時は、頭
を低く、羽根をしっかりたたんでおくこと。それから、それから……そして最後に母さんは、まゆ
をひそめて言いました。
「母さんが心配しているのは、みんながまだじょうずに飛べないことなの。きょうはなるべくいば
らの近くの道を行きますから、恐ろしいものに出会ったら、トゲトゲの奥へ走りなさい。それから
もし、なんにもかくれるもののないところで、太いしっばのきつねにみつかったときは、力いっぱ
い高く、飛べるだけ飛んで、木の上からおりてきてはいけません。でも、ヤック、あなたはまだ
羽根がそろっていないけれど、どうしますか?」
「ぼくはあの、ええと、あの……」
 ヤックは困って目をぱちぱちしました。
「にんじゅつ、にんじゅつ」
と、後ろから、兄さんたちが小さい声で教えました。
「ええとあの、ぼくはあの、にゅんじゅつをして……」
とヤックはよくわからずに答えました。母さんはいよいよ心配な顔で、
「こうするのよ」
と大きな茶色の葉っぱを両方の足につかんで、くるりと地面にひっくりかえってみせました。ヤ
ックもまねをして、自分のからだと同じくらいの葉っぱをひろって、ごろんと横になりました。する
ともう、どこにも姿が見えません。
「それでよし! 出かけよう」
と、父さんが言いました。
「お目さまの当たっている川のところまで行こう。かわらに着いたらお弁当だ」

 母さんが先頭で、子どもたちは大きい順、一番後に父さんが並んで、ジュッケさんの家族は
歩きだしました。ギシギシの原っぱを抜けて、スイバの丘をこえて、いばらのやぶを走り抜けま
した。かわらに着いてお弁当を食べました。そこヘクロツグミのおばさんが、おでかけのしたく
をしてやって来ました。
「あらあら、あらあら、みなさん遠足? クロクロ山のてっペんヘ? あらあら、あらあら、それは
けっこう。わたし、とってもいそがしくって」
「つぐみのおばちゃん、なぜいそがしいの?」
「あらあらヤック、大きくなったわね。おばちゃんがいそがしいのは、きょうが良いお天気だから
よ」
「お天気が良いとなぜいそがしいのかな?」
「あらあらヤック、お天気が良いとね、おばちゃんのようなはたらきものには、ごようがいっぱい
あるの。おせんたくをしたり、おそうじをしたりでしょ? それから、おふろにはいってきれいに
なって、ごきんじょのみなさんをおたずねして、ごちそうになったり、おはなしをしたり、その上、
歌も歌いたいし、おどりもおどりたいわ。いそがしくって、いそがしくって。あらあらヤック、ヤッ
クの食べてるお弁当はなあに?」
「ギシギシの葉っぱ」
「あらあらヤック、ギシギシの葉っぱ、たった一枚? それじゃ大きくなれないわ。キャベツにま
いたイモ虫を、どっさり、どっさり、食べなくちゃ。ヤックのお姉ちゃんはなにを食べてるの? あ
らあらあきれた。スイバの葉っば、それだけ? びようしょくで、びじんになろうっていうのでしょ
うけど、びじんになるにはたんぱくしつをたくさんとってね、つやつや、羽根の色をよくしなくっち
ゃ。お姉ちゃんも、イモ虫を食べなくちゃだめよ。あらあらたいへん! 出かけなくっちゃ。わた
し、ほんとにいそがしいの。それではみなさん、さようなら」
 クロツグミのおばさんは、水の鏡に姿をうつしたり、羽根をつくろったり、口を大きくあける練
習をしたりして行ってしまいました。
「つぐみのおばちゃん、おはなしずきね」
「チュクチュク、チュクチュク、いい声だけど、やかましかったねえ」
「あああ、ウルチャカッタ!」
 するととつぜん、
「きみたちのほうがうるさいよ!」
と、がらがら声がしたのです。川のむこうの岩のかげで、まっ黒なうさぎが泥だらけの毛皮の洗
濯をしていました。
「ああ、これはこれは、クローさん。きょうは洗濯をするのによい日ですね」
 父さんが出てきてあいさつをしました。けれどうさざは返事をしないで、むっつりごしごし毛皮
をこすっていました。父さんと母さんはいていねいに頭を下げてから、子どもたちをつれて山の
上のほうへ歩きだしました。するとうさぎはみんなの背中にむかって、こんな歌を歌いだしまし
た。
「ある晩に、ふくろうおじいが言ってたぞ
 のらのら犬の、のら犬ビイは
 ぶちぶちもようの ぼろ毛皮着て
 つるりと長い尾っぼして
 知らない町からやってきた
 ビーグル、ビイには気をつけろ
 ジュッケのごちそう大好きだ」
 ここでうさざは目玉をぐるりとまわすと、岩の上にとび上がって、
「ジュッケのごちそう大好きだ。やあいやいの、やいやいやい」
と、はやしたてたのです。ジュッケさんの家族はとてもいやな気持になって、うさざの声が聞こ
えなくなるところまで、はや足で歩きました。
「ねえ母さん、うさぎさんはどうしていじわるを言ったの? 父さんが犬のごちそうになるって、
どうしてそんなこというの?」
「そうねえ、きっと、毎日毎日ビーグルのビイに追いかけられて、泥んこの毛皮を洗濯するひま
がなかったんだと思うわ。それで、きげんが悪かったんでしょう」
「ビーグルのビイって?」
「ひとりで森の中で暮らしている犬よ。ビイはうさぎさんを追いかけるのが大好きなの」
「うさぎさんとビイではどちらがはやいの?」
「そりゃあ、ビイは足短かだから、うさぎさんのほうがはやいわ」
「じゃ、ピューッと走って逃げちゃえばいいのに」
 母さんは笑って、でもうさぎさんは、走っている途中ですぐにお休みをしたくなるので、ビイに
追いつかれてしまうのだと言いました。ビイは、ワオンワオンと一拍子でないて、いつまでも、
いつまでだっても追いかけてくるので、うさぎさんは疲れて、気分が悪くなって、だれかにいじ
わるをしたい気持になるんですって。
 クロクロ山のてっぺんに近いところまで来て、母さんは大きないばらのやぶに入っていきまし
た。
「この奥で、すこしおひるねをしましょうね」
 子どもたちは、そよりさやさや気持の良い風に吹かれて、すぐに眠ってしまいました。父さん
と母さんも、ちょっと眠っておくことにしました。

 どれくらい時間がたったでしょう。バフッバフッと木の葉を吹きとばす鼻息が、いばらのむこう
に聞こえました。
「しっ、動かないで!」
 母さんは、いばらのすきまに、黒と茶色のまだらになった細長いしっぽを見て、
「ビーグルのビイよ。みんな動かないで!」
と、ささやきました。
(早く行ってしまいますように。どうぞぼくらに気がつきませんように……)
 子どもたちは、母さんの羽根の下で目を閉じてふるえていました。「バフッ、バフッ、フン、フ
ン、フン」
 ビイは空気の匂いをかいで歩きまわっています。川といばらと、いばらと川と、何度も行った
り来たりしています。それからなにかを見つけて、ぴんと立ち止まりました。ビイの鼻の先に、
棒きれのような、鳥の足のようなものが、砂の中から突きだして動いていました。
「あーっ、ヤック」
 母さんがさけびました。そう、それは、砂に頭をめりこませて、じたばたしているヤックの足だ
ったのです。父さんと母さんは、夢中でとびだして、ビイの頭の上をかすめとびました。けれど
ビイは、肩の筋肉をりゅうと盛り上げ、しっぼをぴんと立てたまま、じいっとヤックの足を見つめ
ています。それから、そろりと近づいて前足を一本くの字に曲げ、とびかかる姿勢になりまし
た。母さんが、
「くえ―っ」
と叫び声を上げ、ビイとヤックの間に落ちていきました。ぎくしゃくけがをしたふりをして、ぱさり
ぱたっと羽根を大きく動かして、飛べない様子をしてみせました。ビイは母さんにとびかかりま
した。母さんは横とびに逃げて、ぱさりぱたっとやりました。ビイがまたとびかかりました。母さ
んは逃げました。そのまに父さんが、ヤックの足をひっぱって、砂の中から助けだそうとしてい
ました。でももうすこしというところで、ビイは歯をむいて、
「ぐる、るるる」
と、母さんにとびかかりました。母さんはビイの長靴のような足にたたかれそうになって、やっ
と、空へ舞い上がりました。ビイはすぐに、こんどはヤックに向かってきました。父さんは杉の
木のてっぺんに舞い上がり、風よりはやく下りてきて、ビイの頭の上を雷がたにかすめました。
風にしなった父さんの羽根は、べきべき折れそうな音を立てました。けれもビイは知らん顔で
す。
(もうだめ、ヤックがビイにつかまる!)
と、子どもたちはみんな、いばらの中で目をつむりました。
 その時です。川の向こうの原っぱに黒うさぎが出てきて、かりかりかりと耳をかいて、あくびを
しました。それからうさざは高い岩にぴょんと上がり、背のびをして、
「ああああ」
と言いました。ビイはうさぎを見つけると、ぶるんとしっぽをふりまわして、ひととびに川をとびこ
していきました。(なんといっても、うさぎを追いかけるほうがおもしろいんでしょうね)もちろんう
さぎは、ビイを待ってなどいません。背中をきゅっとちぢめて、後足を思いきりけると、クロクロ山
のてっぺんにむかってはねとびました。
「わおん、わおん、わおん……」
ビイの一拍子が始まって、と声はだんだん遠くなっていきました。
「わおーん、わおーん、わおーん」
 その声にまじって、
「さっきはごめんなあ、こいつはひきうけたから、早く逃げたほうがいいよう」
という、クローさんの声が、ずうっと山の上のほうから聞こえてきました。

 砂から助けだされたヤックは、さんざん、父さんと母さんにしかられました。でもヤックは、
「ぼく、またビイにみつかって、逃げるときに、ころんじゃうかもしれない。また、うさぎさんにた
のんどこう!」
 なんて言うものですから、父さんと母さんはあきれてしまいました。

 帰り道、おでかけから帰ってきたくろつぐみのおばさんと会いましたら、おばさんは目を丸くし
て言いました。
「あらあら、あらあら、みなさん知ってる? くろくろうさぎの黒うさざさんたら、きょうもビイと追い
かけっこをして、洗濯したての毛皮をどろんこにしてしまったのよ。ほんとに追いかけっこが好
きなのねえ」
って。



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クローの森のおはなし