デデッポの森のおはなし




 ある日、わたしはハンモックを持って、デデッポの森へひるねに出かけました。森の中には風
が吹いていて、ハンモックに横になったわたしの耳に、ゆっくりとした山ばとの声が、デデッポッ
ポッポー、デデッポーと聞こえていました。ひるねをするには、デデッポの森が一番! とわた
しは思いました。ところがビーグルのビイも同じに考えたらしいのです。いつのまにか、わたし
がハンモックをつるした木の下にやってきて、一枚の毛皮のようにぺちゃんこになって眠ってい
ました。「ぶちぶちもようのばろ毛皮」と、わたしは黒うさぎのクローさんが歌ったビイの悪口を
思いだしました。じつを言いますと、この日、ひるねからさめて、ビイの長い話を聞いてみるま
で、わたしはビイを、あまり好きではありませんでした。執念深く、クローさんを追いかけてい
る、いんけんな奴――、そう思っていたのです。そりゃあ、追いかけたってよいとは思います
よ。森の中というところは、いつだって、だれかが追いかけっこをしているんですから。でも、ビ
イがクローさんを追いかける追いかけっぷりは、ちっともわけがわかりません。目をまん中に寄
せて、おでこにしわを作って、クローさんが九十度に曲がれば九十度に曲がり、クローさんがま
ちがって坂道をころがり落ちれば、自分もころがり落ちて、なにがなんでも追いかけていくなん
て、あれはもう頭がおかしいか、心がねじれているかの、どちらかとしか思えませんでしたも
の。だからわたしは言わずにはいられませんでした。
「ビイさん、あなたはいつもクローさんを追いかけているけれど、あれでなかなか、クローさんの
後足げりって強いのよ。あなただって、クローさんに足げりされたら、骨の二、三本は折れるん
じゃない?」
 するとビイは目を伏せて、
「ええ知っています。走るのだって、ぼくよりずっとはやいってことも。でもぼくは、うさぎ狩りの
名人といわれた父と母の子に生まれて、赤ん坊の時から、うさぎばかり追いかけて大きくなり
ました。ぼくの祖父と祖母も、畑を荒らす悪いうさぎを、はさみうちにしてつかまえるので有名だ
ったそうです。ぼくは、黒うさぎのクローを見ると、考えるより先に足が動きだしてしまうんです。
つかまえてどうしようなんてことがあるわけじゃなくて、ただ、足がむずむず、のどがわくわくし
て、わおんわおんと追いかけずにはいられないんです。うさぎじゃないほかのものなら、食べて
しまいたいと思うようなものを見つけても、なんでもないときがあるのに」
と、ため息をつきました。わたしはすこし、ビイを気の毒に思いました。それで、その、「ほかの
もの」の時には、どんなふうになんでもなかったのか、話をきかせてもらいたいと申し出ました。
ビイは起き上がって、ちゃんと座り直してから、
「ぼくが森に来て、まもないころですが……」
と話しはじめました。

 ぼくが森に来てまもないころは、食べていくのがやっとでした。生まれてからずっと人間に養
われていて、朝晩きちんとごはんをもらっていたんですもの。急に森の中でひとりぼっちになっ
て、どうやったらなにを食べることができるのか、見当もつきませんでした。今は、魚をつかん
だり、卵を見つけたりして、なんとか暮らしていますけれど、そのころのぼくときたら、とかげや
ねずみをつかむことだって思いつきもしなかったんです。森に住むものはみんな利口で、ぼくに
つかまるものなんて、だれもいませんでした。町からうさぎ狩りにやってきて、うさぎを追いかけ
ていてあんまり帰らず、とうとう森に置き去りにされたまぬけな犬のことなんて、笑いばなしの
種になるくらいのことだったろうと思います。でもぼくは、小さな虫や、草の葉を食べて暮らして
いました。
 ある日ぼくは森を歩いていて、人間の長靴を片方見つけました。その中に、かえるでもいやし
ないかと思って振ってみましたが、こおろぎ一匹出てきませんでした。淋しい気持がつうんと来
て、ぼくは忘れかけていた町の生活を思い出してしまいました。自動車に乗せてもらって公園
に散歩に行ったことや、ねだって、鼻を鳴らしさえすれば、だれかがくれた甘い菓子パンのこと
などをです。それも、長靴からにおってくる人間のにおいのせいだったと思います。ぼくは今で
は、森で暮らすのを楽しいと思っています。町へ帰りたいとは思いません。でもそのころは、森
でひとりぼっちになったばかりでしたから、ぼくは、友だちを見つけたような気になって、ずるず
る長靴をひきずって歩きました。森の中は静かでした。遠くで、きょうと同じに、デデッポッポー
という山ばとの声がしていました。そのうち、ぼくは眠い気持になって、涼しい土を見つけて横
になりました。
 目がさめた時ぼくは、長靴の上に、割れた卵と、眠っている鳥の赤ん坊を発見してびっくりし
ました。赤ん坊が息をするたびに、ふくらんだり、へこんだりするやわらかそうな頭!――ぼく
ののどはこくりと鳴って、もうすこしでとびかかって食べてしまうところでした。けれど赤ん坊は
目をさまして、
「ああ、お母ちゃん、あなた、あたしのお母ちゃんよねえ」
と、丸い目でじいっとぼくを見るのです。ぼくはちがうと、きっぱり言いました。でも赤ん坊は、
「うそよう。あたしが目をさました時、そばにいたじゃないの。目をさました時、そばにいるのは
お母ちゃんよう」
と、ぼくにとびついてきました。ぼくはどうも、これはとんでもないことになりそうだぞと思ったの
で、どうせこんなおちびさんを食べたって、たいしておなかのたしにはならないときめて、逃げ
だすことにしました。ところが赤ん坊は、
「お母ちゃん、おなかがすいたの。なにかちょうだい」
と、ぼくからはなれようとしません。しかたがないのでぼくは、そのへんの土をひっかいて虫をさ
がしてやり、赤ん坊が食べている間に逃げてしまおうとしたのですが、虫をさがす間も食べる
間も、赤ん坊はぼくのしっぽをしっかりつかんだままで、食べ終わると、
「ああ、おいしかった。お母ちゃん、あたし、おみずがほしくなっちゃった」
と、かわいいようすで言うのです。けっきょくぼくは赤ん坊を長靴の中に入れて、長靴をうば車
のかわりにして、川までひっぱっていくことになってしまいました。赤ん坊は、自分の名まえを
知らなかったので、ぼくはチュッチュと名づけてやりました。チュッチュは、ぼくが何度きいても、
ぼくのことをお母ちゃんだと言いはりました。
「でもね、チュッチュ、きみはだれの子どもなの? たとえばからすの子だとか、かけすの子だ
とか考えるとすればさ」
「知らない。でも、あなたがあたしのお母ちゃんよ」
チュッチュの答えはきまっていました。
「でも、ぼくは男の子だから、なれるとしたらお父ちゃん。きみのお母ちゃんにはなれないの。そ
れにきみは、しっぽがないし、手と足と合わせて、二本しかないじゃないか。ぼくには、長いし
っぽと、四本の手足があるよ」
「そんなこと……」と、チュッチュは口をとがらせました。
「大きくなったら、しっぽだって生えるかもしれないし、手だって、もっともっとたくさん生えるかも
しれないわ」
「だけどきみは、わおんわおんってなけないだろ?」
「きょうから毎日、練習するわ。ね、お母ちゃん、大きくなったら、じょうずになけるようになるか
もしれないわ」
 チュッチュはすまして答えました。ぼくは困ってしまいました。それでもまあ、チュッチュがなん
と言おうと、ぼくとしては、チュッチュのほんとうのお母さんを見つけてやらないわけにはいかな
かったので、まずからすのところにつれていってみました。
「からす、チュツチュはとても頭がいいんだけれど、きみのところの子どもじゃないかあ?」
 するとからすは、
「見せてみなあ」
と言いました。ぼくが長靴をさかさにしてチュッチュを出してみせると、からすは、
「ふん、目が丸すぎらあ」
と、飛んでいってしまいました。
「へえんだ。あたしはお母ちゃんの目に似てるんだもんねえ。目が丸いのは、お母ちゃんそっく
りなんだもんねえ」
 負けん気のチュッチュは、ぼくの目をのぞきこみ、ぎゅっとしっぽをにぎってから、長靴の中に
とびこんでしまいました。ぼくはなんとも返事ができずに、長靴をひっぱって歩いてゆきました。
すこし行くと、森のむこうが、がやがや騒がしくなって、かけすの一族がやってきました。かけす
たちは、ぼくと長靴をとりまいて、口々に叫びたてました。
「赤ん坊を見せなさい。赤ん坊を見せなさい!」
「長靴の中の赤ん坊は、わたしの赤ん坊かもしれない」
「いいえ、このあいだ、木から落ちたわたしの赤ん坊にきまっています」
「とんでもない! もちろん、蛇にぬすまれたわたしの赤ん坊です。見せなさい。早く!」
「かけすの子を、かけすにかえしなさい!」
 もう、やかましいのなんのって、耳がつぶれそうでした。かけすのお母さんというものは、こん
なに赤ん坊をゆくえ不明にするものかと、ぼくはあきれてしまいました。チュッチュは長靴の底
にはりついて、
「あたし、お母ちゃんなんかさがしてないもん。あたしのお母ちゃんは、ちゃんといるもの」と、
がんばっていましたが、ようやくしぶしぶ顔を見せました。かけすたちはどうしたと思います? 
まったく、あれほど口の悪いものはありませんね。チュッチュを見るなりいっせいに、グアーッと
奇妙な声をあげ、「かわいくない赤ん坊だねえ。目は大きいし、口は小さいし……」と、悪口を
言って行ってしまったんです。そのうえ、
「森のみなさんにお知らせ! だれの子どもかわからない、かわいくない赤ん坊がまいごです。
自分の子かもしれないと思うものは、ビーグルビイまで申し出てください」
なんてふれまわったのですから、ぼくはまったく腹が立ちました。でもまあそのおかげで、じつ
は、ほんとうのお母さんが見つかることになったんですがね。
 ぼくはその日、一日じゅう、長靴に乗せたチュッチュをつれて、めじろや、ほおじろや、うそ
や、かっこうにまで、チュッチュのお母さんじゃないかと聞いて歩きました。でもみんなちがうと
言いました。そのうちとうとう夕方になってしまいました。ぼくはチュッチュのからだをきれいにな
めてやって、虫を食べさせてから寝かせつけました。一日じゅう長靴に乗っていたので疲れた
チュッチュは、すぐに眠りこんでしまいました。その時、遠くから、デデッポッポーという声が近づ
いてきて、二羽のもの静かな山ばとのお父さんとお母さんがぼくの前に下りてきました。ふたり
は、長靴の中に眠っているチュッチュを見て、
「あなたがビイさんですね。ありがとうございました」
と、深いおじぎをしてお礼を言いました。それから、自分たちが食事のしたくに出かけている間
に、あたためていた卵が寝どこから落ちて、なくなってしまっていたことや、だからてっきり、中
の赤ん坊も死んでしまっただろうと泣いていたら、かけすたちの知らせが聞こえてきたことなど
を話しました。こうしてチュッチュは、ほんとうのお父さんとお母さんのところに帰りました。
 でも今でも森で出会うと、「お母ちゃん!」と言って、ぼくのところに来るんです。ビーグルのビ
イが、山ばとのお母ちゃんだなんてねえ。

 ビイはちょっと恥ずかしそうに話しおわりました。わたしはビイのはなしをきいて、赤ちゃんの
時に、心にはりついて覚えてしまったことって、なかなか忘れられないものなんだなあって思い
ました。そういえばわたしも、いなかのうちで、トマトの畑を見ながら大きくなったせいか、今で
も、青くて丸いものや、赤くて丸いものが大好きですもの。ビイもまた、赤ちゃんの時からうさざ
を追いかけてばかりいたので、それが忘れられないことになってしまったのですね。黒うさぎの
クローさんには、とても気の毒なことですけれど。



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ボーボーの森のおはなし