クローの森のおはなし




 このあいだわたしは、クローの森へきのこをとりに行きました。雑木まじりのクローの森に
は、折ると白い乳の出るちちたけや、切株に山ほどできるつばもたせなど、油いためにすると
おいしいきのこがたくさん出ます。その日は、とれるだけとって、あとでつけものにしようと思っ
ていたものですから、いっしょうけんめいはたらいていますと、ぱった、ぱった、ぱった、ぱっ
た、目の前を、黒うさぎが走っていくのに会いました。
「ほいきたほい! クローさんじゃない?」
 わたしは思わず声をかけました。するとうさぎは、ず、ず、ず、ず、と地面のこすれる急ブレー
キをかけて止まり、
「いやですねえ。ぼくにむかって、『ほい!』なんて言わないでください。ぼくは、ほいって言わ
れると、全速力で走っていても、止まってしまうくせがあるんですから」
と文句を言いました。
「おやおや、ごめんなさい。ところでクローさん、今はなにかでお急ぎではなかったのです
か?」
「いいえ、じつは、めずらしくたいくつで困っているんです。あまりたいくつなので走る練習をして
いたんですが、よかったら、おしゃべりでもしましょうよ」
 クローさんは、わたしの返事をきかずに切株にどっかり腰をおろしました。わたしは、きのこと
りの手を休めないできくことにしました。これからあとはその時に、クローさんからきいたおはな
しです。

 つぐみのおばさんが言うように、クローさんは、ほとんど毎日、ビイに追いかけられていてまし
た。でも、追いかけっこが好きでどろんこになっているのではないのです。そのしょうこに、ある
日のこと、やっとビイから逃げだして、夕方、ねぐらのある森へ帰ってきたクローさんは、ふきげ
んもふきげん、大ふきげんでした。
「ほんとにまったく、ビイときたら、どうしてあんなにしつこいんだ! いやになっちゃう。あいつ
のせいできょうは、ひるねもできなけりゃ、夕ごはんも食べそこねたんだ!」
 クローさんは、耳をぴくぴく、ひげをごりごり、文句の山をたっぷりひろげて歩いていましたが、
ねぐら穴の近くまで来ると、ぴたりと立ち止まり、
「へんだぞ。空気のどこかに破れめができて、ぞよぞよしている気がする」
と、後足で立って、あたりの空気をかぎ直しました。けれどだれかがかくれているのかいないの
か、さっばりわからなかったので、すこし考えて、今来た道をひきかえしました。
「用心、用心……」
 それから川の水に首までつかって、すっかりからだのにおいがしなくなるのを待ちました。
「これでよし、においで待ちぶせされないですむぞ」
 クローさんはおおまわりをしてねぐら穴にもどりましたが、長く続いているいばらのかきねをま
わりこんだとたん、はっと身をちぢめました。裏口をかくしてあったいばらが刈りとられて、いか
にもここはうさぎ穴ですと、ぽっかり口をあけているではありませんか。どうしたらよいかわから
ずにぼんやりしていると、
「クローさん、クローさん……」
 足もとで、小さいけれどつるりとよくとおる声がしました。
「ああ、きみか、なめくじぐん」
「クローさん、きょうはたいへんだったんですよ。わたしはほら、裏のしいたけ園が盛りになった
から、あなたもとりにいらっしゃいってお知らせに来たんですけれどね。そしたらほら、こんなわ
けで」
「それじゃきみは、だれがぼくのかきねをこわしたか知ってるの?」
「知ってるどころか、たまたまほら、わたしがかきねのところにいたばっかりに、あやうくほら、
ふみつぶされるところだったんですよ。こわしたのはね……」
と、なめくじは、顔をくしゃくしゃっとしました。
「二本足で煙をぷかぷか、たまに森をとおっていく人間がいるでしょう? そいつがね、とおり
がかりに、『ちぇっ、おもしろくない!』って、いばらに切りかかったんです。それがちょうど運悪
く、あなたの裏口のところでしてね。それでもほら、人間は、あなたのねぐら穴とは知らないの
で、『なんの穴だこれは?』って、棒でごりごりやって、『なんにもいないじゃないか!』って、怒
って行ってしまいました。ここにいなくてよかったですねえ。いたら今ごろはうさぎ汁にされてい
るところですよ。もっともその前にさかさにされて、屋根の下につるされなければおいしくならな
いそうだから、うさぎ汁になるのは何日かあとでしょうけれどね」
 なめくじはつるつるしゃべり続けていました。毎日できたてのしいたけを食べているせいか、
まるまる太って、すきとおったバナナそっくりに見えます。クローさんは、とにかく、なめくじがこ
んなに落ち着いているのだから、今はなんにも危険なことはないと思って、なめくじの終りのほ
うのはなしは聞こえなかったふりをして、穴にはいろうとしました。するとなめくじは、あわててク
ローさんを止めました。
「待って待って。そこにほら、足あとがあるでしょう。人間なんかよりもっと恐ろしいうさぎ殺しも
来たんですよ」
(足あと!)
 ひとめ見て、クローさんにはだれが来たのかわかりました。裏口から奥へふたつみっつ、奥
から森の中へふたつみっつ、そんなに大きくはないけれど、クローさんのよりは大きくて、四つ
足のビイに似ているけれど、ビイのようにドタ足ではない。きどってまっすぐ歩いている。
(きつね!)
 クローさんのからだの毛は逆立って、ぞぞぞと音をたてました。頭の中はこんがらかって、な
にがなにやらわからなくなりました。なめくじはクローさんの恐がりような見て、気の毒そうに言
いました。
「でもほら、きつねは言ってましたよ。『ふうむ、ここがうさぎのねぐら穴ですか。まよなかに、ぐ
っすり眠っているところをつかまえれば、うさぎの大ごちそうができますねえ』って。だからだい
じょうぶ。夜中になるまではやって来ません」
「なにがだいじょうぶなものか。きみの話は、いつもどこか、へんなんだから。ああだけど、こん
なことはしてられない。荷物をまとめて、早く逃げださなくちゃ」
 クローさんは、たいせつにしまってある食糧の山や、ねごこちのよい枯れ草のベッドを、泣き
たい気持でながめました。でもほんとうに、ぐずぐずなんてしていられません。なめくじに手伝っ
てもらって、旅に必要なものを背中にせおい、住みなれたねぐら穴を出ていきました。出口まで
送ったなめくじは、
「クローさん、からだに気をつけて。あなたがいない間、この穴は、しいたけをかわかすのにお
借りしますよ。いばらのかきねが刈られて、ちょうどひあたりもよくなりましたから。でももちろ
ん、もともとあなたの穴なんですから、いつでも帰ってきてください」
と、別れをおしみました。

 クローさんは、ねぐら穴を出ると、いちもくさんに川まで走りました。鼻のきくきつねにあとをつ
けられないように、水の中を、歩いて、歩いて、歩きとおし、やっと、川の土手に、ちょっとだけ
かくれる時のために作ってある穴にたどりつきました。
(ぜったい安全というわけではないけれど、こんやだけでも眠れれば……)
 クローさんはのろのろ荷物をひらき、忘れていた夕食を食べようと思いました。でも、疲れて
いたのと、恐かったのとで、あまり食べたくなく、かんそう人参をすこしと、かんそうはこべを
少々かじっただけでした。それでもおなかはくちくなりましたし、気分もずっとよくなりました。ま
もなく、丸い芝のかたまりのようになって眠りこんだクローさんを、森にのぼって来た月が照らし
はじめました。そして、その月の光の中にもうひとつ、穴の奥から出て来た小さな影がうつりま
した。影の主は、しっぽの先が折れ曲がったネズミでした。ネズミはクローさんの荷物に近づ
き、両手にしいたけや人参や豆をかかえて、穴の奥の細い通路に運びこみました。ぜんぶ運
んでしまうと、ぱちんと手を打って、小石をいくつかひろいに出ていきました。しばらくして、クロ
ーさんの眠っている穴の奥で、かさっ、かりっと、ものを食べる音が始まりました。クローさんは
目をさまし、自分の食糧がすっかり盗まれた上、大胆にも泥棒は、たった今盗んだものを食べ
ているのだということに気がつきました。
「ぼくの穴だぞ、出ていけ!」
 クローさんは、おしころした声でおどしました。けれどネズミは平気で、
「ここから先の細い穴は、ぼくの掘ったぼくの穴さ」
と答えました。その上、ぱりっぽりっ、ぱりぽりと、食べる音をはげしくしました。クローさんはぞ
っとして、
「静かにしてくれ! こんやはこの森にきつねが来てるんだ。みつかればきみだってあぶない
んだぞ」
と言いました。するとネズミは、ふふんと鼻の先で笑って、
「きつねがぼくのいる細い穴に入ってこられるかい! おまえのところまでは知らないけどね」
と、ばりぼりばりぼり、わざと音をたてて豆をかみはじめました。クローさんはかっとしてネズミ
の穴にとびついて、しっぽの先からひきずりだそうと手を入れました。ネズミはその手にかみつ
いて、クローさんがとびさがると、頭や顔にぴしぴし小石を投げつけてきました。ひとつが目の
上に当たって、血が流れだしました。するとネズミはここぞとばかり、
「いたあい、いたあい、いい気味だ!」
と、とんだりはねたり大さわぎです。
(とんでもないことになった。騒ぎをきつねにきかれたら――)
 クローさんはもうそれ以上、穴にいることができなくなって、またまた、森の中へとびだしてい
きました。
 空気がすきとおってみえました。木という木が地面に濃い影をおとして、びくびく進んでいくク
ローさんをかくしてくれました。とても恐かったけれど、クローさんは森を突っきって、反対側の
はずれにある大きないばらまでいくつもりでした。そこまでいけたら、ネズミにやられた傷がよく
なるまで、いばらの中にかくれているつもりでした。その時、「ぐえん!」ときつねの叫び声が上
がりました。「ちゅうっ、きいっ」というネズミの声も聞こえました。クローさんは夢中でいばらに
むかって走りだしました。走りに走って、やぶにとびこみ、いばらの深いところにはいこんで、じ
っと息をひそめました。ひたひたひたひた、きちんとした足音が、まっすぐクローさんのほうにむ
かってきました。クローさんは息をつめました。でも足音は、クローさんがもぐりこんだところで
ぴったり止まり、
「ふうむ、やっぱりねえ」
というきつねの声が聞こえてきました。
「うさざは、しっぽ曲がりのネズミとけんかして、けがをしたとみえますね。わたしとしたところ
で、しっぽ曲がりが騒ぎたてなかったら、うさぎのかくれ穴を見つけられなかったわけだが、そ
れにしても、あれはおいしくないネズミだった」
 クローさんはいばらの下で生きたここちもしませんでした。きつねはどっかり座りこんで、「ね
えうさぎ、そんなところにかくれてもむだですよ。わたしはいつまでも待っています。それでも出
てこないなら、ちびのいたちにもぐってもらって、かみついてもらうって手もあるんですよ。いた
ちにはほんのすこしお礼をすればよいのでね」
と言うではありませんか。考えてみるまでもありませんでした。クローさんはぴょんととびだし、
きつねは待っていましたとばかり追いかけてきました。クローさんは森じゅうを、いばらのあり
そうなところ、いばらのありそうなところへと走りました。足には自信がありました。でもクローさ
んはけがをしていました。だんだん疲れて、遅くなりました。きつねはすぐうしろにせまってき
て、
「やっほい! うさぎの大ごちそう!」
と叫びました。クローさんはどきっとして急停止し、地面の上にうずくまってしまいました。その
拍子に、勢いよく走ってきたきつねは、クローさんをとびこして、いばらのトゲトゲにぶつかって
いき、トゲに刺されて、「グエンッ」と気を失ってしまいました。クローさんはぱっととびおきて、
あとをもみないで逃げだしました。川を渡って穴にもぐったり出たり、小さいいばらをいくつもこ
えて、どれが行った足あとやら、どれが来た足あとやら、すっかりめちゃめちゃにわからなくし
て、やっとのことで、かきねを刈りとられたじぶんのねぐら穴にもどりました。
「ああれ、クローさん、もう帰ってきたのですか?」
 なめくじがねぼけまなこで言いました。クローさんは大急ぎで、いばらの残りをひっぱって、か
きねをしめてから、
「ここが今夜、森じゅうで一番安全みたいなのさ。それでももし、きつねがやってきたら――そう
だ、きみ、裏口にねていてくれないか? きつねはきみにすべってころぶと思うんだ。そのまに
ぼくは表口から逃げるから」
とたのみました。なめくじはめいわくそうでしたが、
「こんばんだけならいいですよ。つぶされないように、ぼくはなるたけ、ひらたくなって寝ますか
ら」
と、裏口に横になりました。

 クローさんにとってもなめくじにとっても幸いだったことに、その晩、とうとうきつねはあらわれ
ませんでした。次の日も、その次の日もやってきませんでした。なにしろ、からだに刺さった何
百本ものトゲを抜くのに、とてもいそがしかったのです。ですからそのまに、クローさんは新しい
ねぐら穴をさがしてひっこすことができましたし、なめくじは古い穴を、しいたけのかんそうばに
することができたのでした。

 クローさんはこの夜のことを、ひどくついていない災難な日だったと話しました。でも、一番つ
いていなかったのは、きつねに食べられたしっぽ曲がり? それとも、トゲトゲに刺されて気絶
したきつね? どちらだったでしょう?



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デデッポの森のおはなし